« 飲みに出ました | トップページ | 高速道路 上限料金制度を正式発表 »

2010年4月 8日 (木)

ご冥福を

昨日、読売ジャイアンツのコーチ・木村拓也氏が、くも膜下出血で帰らぬ人となりました。

ご冥福をお祈りします。

 

このクモ膜下出血という病気に、実は私が32歳の12月に罹りました。

私の場合、2週間のICU治療と1ヶ月入院、起因不明にもかかわらず、何事もなく回復しました。

あの時の事は今でも鮮明に覚えています。

当時は東京で、仕事も忙しく、生活バランスが全くなってない状態でした。

あの日は12月の中旬にもかかわらず、暖かい夜でした。

サロンワークが夜9時に終わり、友人のスタイリストとタレントさんのクリスマスパーティに参加する予定でした。

足早にハーレーに乗って帰ってる途中、妙な感覚に教われました。

手足の感覚がおかしくなってきたのです。

何か妙だな、と思いつつも、そのままバイクを走らせてると、すぐ、首筋をグーッと握られた感覚をおぼえました。

こりゃ、おかしい、とバイクを側道に止め、少し休憩していました。

そして、次から次へと寒気やけだるさが襲ってきて、たまらず、近くによく行っていた居酒屋あり、そこで休ませてもらいました。

襲ってくる寒気、12月の暖かい日にもかかわらず、寒気。

スタッフの方がお茶を持って来られ、それを口にした瞬間、吐き気も襲ってきました。

たまたま客で来ていた知人も、顔が青いよ、大丈夫?と。

会う約束をしていたスタイリストの友人を呼び出し、バイクは居酒屋の側に置いてもらい、住んでいたマンションまあで歩いて4~5分の距離をタクシーで帰りました。

寒気と吐き気が治まらないまま着の身着のまま布団に横になった瞬間、頭痛が襲ってきました。

味わったことのない痛みに、思わず救急車を呼んで、その痛みの中、友人が知ることのない私の住所を必死で叫びました。

その後、意識が無くなり、気が付いたら、救急隊員と管理人さんが玄関に居ました。

症状を話し、貴重品や保険証、それに当時吸っていたタバコをポケットの入れ、歩いて救急車に乗り込みました。

この時は自分の中で何が起こっているのかを知る由が無く、直ぐに帰れるだろうと思っていました。

大間違いでした。

近くに大学病院があったのですが、受け入れてもらえず、渋谷から品川の病院まで搬送されました。

今思えば、搬送された病院が脳外科も専門で、当時、数台しかない新しいCTスキャンが、ここにはあったのです。

搬送されてからは、連絡事項を看護師さんに告げると、安心したのか意識が無くなっていき、気が付くとICUのベッドの上ってことになってました。

この時もICUに居ることさえ、思ってませんでした。

後で聞くと、脳を休ませる薬も投与していたということで、記憶も途切れ途切れでした。

こうして、2週間のICUと1ヶ月の入院生活で、数々の検査も受けましたが、病気の起因も分からぬまま、無事に退院しました。

何事も無く元の状態にもどれのは、この病気の5%ぐらいだそうです。

私は本当に運が良かったのです。

 

これ以降、定期的な検査、今では毎年人間ドックを受け、必ず脳ドックも受け、自身のことを分かるようにしています。

暴飲暴食は避け、タバコも病気になってから辞め、減塩食事生活になるべく努め、運動もし、ストレスも発散できるようにしています。

健康である事は自身の為、家族の為、関わってくる全ての人の為、気をつかっていきましょう。

« 飲みに出ました | トップページ | 高速道路 上限料金制度を正式発表 »

コメント

そんなこと良く言うよ~~~。
昨日も暴飲してますやん!!!
今度、その店連れて行ってなぁ~~~ beer

>cacheさん、そうでした、昨日もbeerでした。

暴飲暴食は、な、る、べ、く、避けましょう。

話聞くと怖いね。
お互い暴飲暴食気をつけましょうbeer

>誠ちゃんさん、その時は何が起きてるのか分からず、早く、帰れると思ってました。後から、主任のドクターから話を聞いたときは、震えが止まりませんでした。
みんな、そんな年。自愛しませう、ね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 飲みに出ました | トップページ | 高速道路 上限料金制度を正式発表 »

2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

Pied de Poule`s HP

facebook

無料ブログはココログ